知的資産経営について
知的資産経営について
1.知的資産経営とは
(1)知的資産とは?
「知的資産」とは、人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等の目に見えない資産のことで、企業の競争力の源泉となるものです。
これは、特許やノウハウなどの「知的財産」だけではなく、組織や人材、ネットワークなどの企業の強みとなる資産を総称する幅広い考え方であることに注意が必要です。
さらに、このような企業に固有の知的資産を認識し、有効に組み合わせて活用していくことを通じて収益につなげる経営を「知的資産経営」と呼びます。
知的財産権、知的財産、知的資産、無形資産の分類イメージ図
注)上記の無形資産は、貸借対照表上に計上される無形固定資産と同義ではなく、企業が保有する形の無い経営資源全てと捉えている。以上(出典)経済産業省HP
経済産業省のウエブサイトでは、このように企業の強みとなっている目に見えない資産のことを知的資産と呼んでいます。工場や機械は目に見える資産ですが、ノウハウ・ブランド・営業秘密といったものは目に見えません。これらは会社のバランスシートに価値を記載されることがありませんが、実は企業はこのバランスシートに載っていない価値によって、売上をあげ利益を稼ぎ出しているのです。会社にとっては非常に重要なものなのです。しかし、企業はその価値についてしっかりと把握し認識していないことが多々あります。また、金融機関でもその価値について理解し会社の債務者格付けに反映することはやっていないようです。このような状況では、本当の会社の持つ力を十分に活かすこともできずに、ズルズルと目に見えるBSやPL・CF計算書等だけを見て経営を行ったり、融資判断を行っていくことになります。是非、この知的資産経営というものを意識して自社の価値を見直し、金融機関は顧客の格付けに反映させてもらいたいと思います。
(2)知的資産の3分類
知的資産を分類するのにMERITUMプロジェクト(*1)による分類を見てみましょう。
①人的資産・・・従業員が退職時に一緒に持ち出す資産(例)イノベーション能力・想像力・ノウハウ・経験・柔軟性・学習能力・モチベーション等
②構造資産・・・従業員の退職時に企業内に残留する資産(例)組織の柔軟性・データベース・文化・システム・手続き・文書サービス等
③関係資産・・・企業の対外的関係に付随した全ての資産(例)イメージ・顧客ロイヤリティ・顧客満足度・供給業者との関係・金融機関への交渉力等
(*1)MERITUMプロジェクト:ナレッジ型経済の準備を目的として、欧州6か国(スカンジナビア3カ国、デンマーク、フランス、スペイン)と9つの研究機関が30か月(1998年~2001年)に亘って実施したプロジェクト
(3)知的資産の特性
一般に知的資産については次のような3つの特性があると言われています。
①多重利用可能性・・・物的資産や金融資産は用途を特定することで他の用途には利用できず、そこから得られる便益を企業は独占できます。しかし知的資産は多重利用や複製が可能であるため、知的資産に投資することによる便益は独占的にコントロールすることが困難であります。
②投資高リスク性・・・企業の革新や創造活動などの源泉となる組織資産への投資は、物的資産や金融資産に比べて不確実(リスク)であり、経済劇便益が得られる確率が低い。
③市場不存在・・・M&Aや特許の取引などであっても相対の取引であり、そこには明確なマーケットは存在していない。よってその取引について不公正である場合が出てきます。
このように、知的資産については、バランスシートに現れる物的資産や金融資産より、その投資についてリスクが大きくなるとされています。
しかし、それでも茲許、知的資産についての議論が各分野で行われているのは何故でしょうか?
2.知的資産経営の必要性
(1)経済・社会情勢の変化
現在の国民の消費行動は「モノ」から「コト」へ変化してきているとよく言われています。中々モノが売れない時代になってきているようです。スピードの早い情報化社会の中で、人々はパソコン・スマホを利用してインターネットでいつでも繋がっています。そこから情報がどんどん手に入る時代です。モノの比較は手易く出来てしまうのです。人々はモノそのものの便益とともに、より深くそのモノが作られたポリシーや過程等を知りたいという欲求がでて出てきているのではないでしょうか?その領域こそ「知的資産経営」の領域となってくるのです。会社のポリシーや職人の技、製品へのこだわり等の目に見えない価値を消費者は求めるようになってきたからこそ、知的資産という概念が必要とされてきたのではないでしょうか。
(2)デジタルトランスフォーメーション
菅総理大臣の1丁目1番地の政策にデジタル化があります。かなり以前から役所のデジタル化は課題に挙げられ見直ししようという方向性はあったようですが、遅々として進んでいません。このコロナ禍でそのお粗末さが露呈してしまいました。アメリカ・韓国そして中国にまでも遅れてしまっているデジタル化を早急に進めていかなければいけません。
そのデジタル化の過程で、知的資産の考え方が必要なのです。デジタル化というのは、それ自体が収益を稼いでくれるものではありません。事務の効率化や削減などに威力を発揮するものです。つまり、表立って目に見えない理解し難いものなのです。しかし、これを推進しなければ世界各国からどんどん引き離されていきます。目に見えなく便益が理解し辛いという視点は、正しく知的資産経営の本質であります。直接数字には関わらないが、間接的に数字に影響してくるのです。実は現代はこの部分、この考え方が最重要であると思います。
デジタルトランスフォーメーションも知的資産経営も目には見えなく直接的には数字には現れませんが、間違いなくこれからの経営や社会に必要なものであります。
(3)事業性評価融資
金融庁は銀行に対し、担保や保証に頼ることなく、企業の事業性をしっかりと評価して融資することを奨励しています。これはまた、過去の財務諸表だけでなく、企業自体や事業自体の将来性をしっかりと把握しなければならないということです。
しかし、これは銀行だけが事業性評価の責任を取るのではなく、事業会社が自社の事業性をしっかりと「見える化」して銀行に分かりやすく自社の知的資産を説明しなければならないということでもあります。
銀行・企業の両方に、正に「知的資産経営」を理解し推進しなければならない世の中が到来したということに他ならないということです。
では、どのようにして「知的資産経営」を推進していくのでしょうか?
3.「知的資産経営」の推進
知的資産経営の推進を行うためには、まず経営の見える化を行わなければなりません。そのために利用するのが「知的資産経営報告書」や「経営デザインシート」です。ここでは「経営デザインシート」の作成について述べてみます。
(1)経営デザインシートとは?
平成30年5月の知的財産戦略本部 検証・評価・企画委員会 知財のビジネス価値評価検討タス
クフォースが作成している「経営デザインシート」記載要領には次のようにあります。
「経営デザインシートは、将来に向けて自社が持続的に成長するために、将来の 経営の基幹となる価値創造メカニズム(資源を組み合わせて企業理念に適合する 価値を創造する一連の仕組み)をデザインして移行させるためのシートである。」
つまり、現在の経営を分析し、その価値層創造メカニズムを見える化し、将来の成長への戦略に繋げて、将来の価値創造メカニズムを表すストーリーになっています。
(2)経営デザインシート基本的構成
経営デザインシートは、「経営デザインシート(全社用)」、「経営デザインシート(事業用)」、「経営デザインシート(事業が1つの企業用)」があります。
各シートとも基本的構成は同じで、上部に基本事項を記載し、左部にこれまでの価値創造メカニズムを、右部にこれからの価値創造メカニズムをそれぞれ記載する。下部に左部から右部に移行させるための戦略について記載するようになっている。価値創造メカニズムは、両端に資源と価値を配置し、その間に資源を価値に変える仕組みを配置する形で表現されています。
全社用と事業用との大きな違いは、価値創造メカニズムにおける資源を価値に変える仕組みをどの様に捉えるかです。全社用では事業が複数存在することを前提に各事業の相関関係等を記載し、事業用ではビジネスモデル自体を記載します。
全社用、事業用、事業が1つの企業用ともに、その作成目的等に応じて全ての欄に記載する必
要はないということです。
出典:内閣府ホームページ 知的財産戦略本部「経営デザインシートの雛型」
(3)記載要領
典型的な記載の順番を以下に示しますが、これに限られるものではありません。
①自社の目的・特長、経営方針
②「これまで」の価値創造メカニズム・・・価値・事業ポートフォリオ・主要な資源・これまでの外部環境・全社課題(弱み)
③「これから」の姿への移行のための戦略(1)・・・これからの外部環境
④「これから」の価値創造メカニズム・・・価値(提供する価値、提供先から得るもの)・事業ポートフォリオ・主要な資源
⑤「これから」の姿への移行のための戦略(2)・・・移行のための課題・移行に必要な資源・解決策
4.最後に
知的資産経営は、今後の中小企業の経営にとって必須の考え方になってくると思います。この考え方を早く取り組んで自社のものにする必要があります。そのために、経営デザインシートや知的資産経営報告書を実際に作成してみて、書面で表していくことが必要です。事業性評価融資も益々増加していくでしょうし、書面で自社の価値創造の仕組みを説明することが求められるのです。そして、この経営や融資の考え方は、今後「ニューノーマル」として捉えられていくでしょう。